教育に根本的に必要になるものとはなにか

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教育は日本国では受ける義務があります。
私自身も教育を受けてきました。


小学校では基本的な読み書き、計算方法、日本の歴史や地理、天気や土地についてを学びました。

また友達と助け合い協力することで完結する作業があることも学びました。

総合の授業では新聞を創りましたが、かなり紙の大きさがあり、一人では感性させることは難しそうでした。

しかしグループに分かれ、一人一人区画を分けて行えば二時間程度で完成しました。このことから、個人が協力し合う意味を学びました。


中学校では上下関係を学びました。先生に対しても敬語を使うようになり、先輩が出来ました。
先輩は友達でもなく親でもなく近所のおばさんでもありません。

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自分を守ってくれると決まっている大人でもなく、自分を信じてくれる友達でもない人種とはじめて出会ったのです。


小学校では集団登校などがあり高学年の人と接する機会はありましたが、どちらかというと近所のおばちゃんと同じような心持で接していました。なので先輩への接し方は及び腰でした。

どのように接していいかが分からず、自主的に話しかけることはほぼありませんでした。
また、先輩たちも後輩との交流には積極的ではなく、友好関係が深まることはありませんでした。

しかし、ここで年上に対してけじめのある態度が必要だということは学びましたが、及び腰になる必要はないということは学びませんでした。

社会に出た場合、先輩と上手に付き合っていく必要があります。
そのため先輩は恐れるべき存在ではないことを、中学の時から教育していく必要があります。

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たとえば学年で役割を決め、引き継ぎを先輩から後輩へする形を取ったり、同等ではなくとも気軽に話すことのできるような教育が必要です。教育は、社会へでるときに困らないためにあるものです。
また教育とはその子を形作る方法です。

そのため、大きな責任と大きなやりがいがあります。


壁は沢山あるかもしれませんが、教育に力をいれ、この社会への貢献の力となっていくことが大切です。

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